最高裁判所第一小法廷 昭和39年(オ)881号 判決 1967年6月22日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由第一点(一)について。
論旨は、原判決には当事者の申し立てない事項について判決をした違法があるという。しかし、本訴の第一次請求たる登記抹消手続請求の請求原因として、原告たる上告人は、訴外田代誠助が安来広一の印鑑を冒用して無権限で所論第一の各登記手続をしたものであるから、右各登記は安来の意思に基づかないでなされた無効なものであると主張し、被告たる被上告人らは所論のごとくこれを争つたのに対して、原判決は、訴外田代は安来から交付を受けた同人の印鑑を冒用して各登記手続に必要な安来名義の委任状を作成し、安来を代理する権限がないのに安来の代理人であるとして、榊原義郎との間に昭和三〇年一月二一日所論各契約を締結し、所論第一の各登記を経由したことを認定し、さらに、安来は遅くとも同年三月下旬頃までに、榊原と田代の両名に対し、田代が無権代理人としてなした上記各契約ならびにこれに基づく右各登記手続を追認したことを認定判示したうえで、右追認により所論各契約は本人である安来のためにその効力を生じ、右各登記もその手続上の瑕疵は治癒されたから、右各契約ならびに各登記の無効を前提とする上告人の登記抹消手続請求は理由がないと判断しているのであるから、その間に所論のごとき民訴法一八六条違反は存しない。
したがつて、論旨は採用することができない。
同第一点(二)について。
原判決は、所論田代の行為を無権代理行為であると認定判断し、これが追認によつて本人たる安来に効力を及ぼすに至つたとしているのであつて、右原審の認定判断には、所論のごとき審理不尽、理由不備の違法はない。また、原判決は、所論のように田代の行為が文書偽造による無効な行為であるとは判示していないのであるから、右偽造による無効を前提とする論旨も採用することができない。
同第一点(三)について。
原判決は、原判示準消費貸借の締結に当たつて、安来に対する八州不動産の従前の貸金債権の債権者名義が一部は榊原名義であつたが多くは田代名義であつたのをすべて榊原名義に改める旨の合意がなされたこと、その合意は榊原と田代との間になされたこと、田代は債務者安来を代理する権限がないのに同人の代理人であるとして右合意をしたこと、および、安来は田代の右無権代理行為を追認したことを認定判示しているのであるから、右三者間の右合意につき審理判断を尽さない違法はない。また、右のとおり、安来は田代の無権代理行為を追認しているのであるから、民法一〇八条を云々する所論も理由がない。
なお、論旨は、前記合意につき債権者交替による更改を第三者に対抗するために必要な民法五一五条の手続がとられていないというが、原審において主張がなくしたがつて認定判断を経なかつた事項であるから、上告理由として採用することができない。
同第一点(四)、(五)について。
田代が安来の無権代理人として所論契約をした旨の原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に徴して肯認することができる。論旨は、いずれも、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。
なお、丙第一号証の抵当権設定金員借用証書は将来の借受金二〇〇万円を目的とするものであつて、従前の借受債務を目的とした準消費貸借上の債務を担保するものではない旨の所論は、原審の認定に反することをいうものであつて、採用に値いしない。
同第二点(一)について。
被上告人らの所論追認の主張はこれがため著しく訴訟を遅延させるものと認められないから却下することはできないとした原審の判断は、記録上明らかな本件訴訟の経過に徴して首肯するに足り、その点に民訴法二五五条の解釈適用の誤りはない。
したがつて、所論は採用することができない。
同第二点(二)について。
田代の無権代理行為を本人たる安来が追認したことを原審が認定判断した点に所論の違法のないことは、すでに論旨第一点について述べたとおりである。
また、榊原義郎が安来に対する債権者でない旨の主張は、原審の認定に反することをいうものであつて、右主張を前提として、債権者でない榊原に対する追認は効力を生ずる余地がないとする所論は、採用の限りでない。
被上告人らが昭和三五年一〇月一五日の口頭弁論期日において所論追認の意思表示を榊原義郎および同人の代理人田代誠助に対してなしたと主張していることは、記録上明らかである。したがつて、これと異なることを前提として、当事者の主張と原審認定との相違をいう所論は、採用の余地がない。
さらに論旨は、被上告人らは債権者榊原が昭和三〇年一月一九日までに取得した所論債権に対する抵当権設定契約、代物弁済予約、賃貸借契約および第一の各登記を追認の目的とすると主張しているのに、原審は債権者交替による更改契約、準消費貸借までも追認の目的としたものと判示しているというが、原判決の判文上明らかなとおり、被上告人らは、所論第一の登記およびその原因とされた各契約が安来の意思に基づかないでなされたものであるとしても、安来は昭和三〇年一月下旬頃榊原およびその代理人である田代誠助に対しこれを追認する旨の意思表示をなしたと主張しているのであつて、右にいう第一の登記の原因とされた各契約中には、八州不動産に対する安来の従来の債務について債権者をすべて榊原義郎名義に改め、これを目的とする準消費貸借契約を結んだことをも含む趣旨であることは、原判決およびその引用にかかる第一審判決の事実摘示に照らして明瞭であるから、被上告人らの主張しない事実を原審が認定判断した違法をいう所論は前提を欠き、採用することができない。
論旨は、また、安来の右追認行為に対する上告人の否認権行使の主張について、原判決の理由不備をいう。しかし、右主張は、受益者たる榊原に対して所論第一の各登記の抹消登記手続を求める請求原因として主張されたものであり、これに対する原判決の判断は、本件建物は安来から榊原および訴外中村英二を経て竹林為助の所有に帰したものであるところ、転得者たる竹林において転得の当時前者に対する否認の原因あることを知つていたことについて何の主張も立証もないので、上告人が安来のなした右追認行為を否認したからといつて、上告人は右否認権行使の効果をもつて竹林に対抗できないから、本件建物についてなされた右各登記の抹消登記手続を求める上告人の請求は結局認容できないとしているのであつて、その点に理由不備の違法はない。
したがつて、論旨は採用することができない。
同第二点(三)について。
所論登記が現在の実体上の権利関係を表象するものとして有効であるとした原審の判断は、その認定にかかる事実関係のもとで首肯するに足りる。転得者たる竹林為助の所有権取得登記が虚偽表示による無効なものである旨の所論は、原審の認定に反することを前提とするものであつて、採用することができない。その余の論旨は、原審の専権たる証拠の取捨、事実の認定を論難するにすぎず、採用の限りでない。
同第三点(一)について。
原判決が、上告人の主張として、所論各登記は実体的権利の変動を欠くから無効であると主張する旨を記載したのは、所論通謀虚偽表示による無効な登記であるとの主張をも含め要約して判示したものであることが、その判文上明らかであつて、原判決には所論主張の誤解は認められない。
同第三点(二)について。
乙一一号証の一ないし三の成立を上告人が不知をもつて答えたことは、記録上明らかである。これを誤つて原判決が成立に争いがない旨判示したことは、所論指摘のとおりである。
しかし、右書証を除いても、原判決挙示の他の証拠をもつて、十分に、原判決理由八に説示する事実関係を認定できるものと認められるから、右原審の瑕疵は、ひつきよう、判決の結果に影響しないものということができる。
丙一・二号証、乙七号証の成立の認定について原審に採証法則の違反があるとの所論は、原審の専権に属する事項を非難するにすぎず、原判決には所論の違法はない。
したがつて、論旨はすべて採用に値いしない。
同第三点(三)について。
原審の所論各認定判示に矛盾そごはないから、論旨は採用することができない。
同第三点(四)について。
論旨は、中村が所論甲五号証(安来の委任状)を榊原を介し安来から受領した旨の原審の認定事実を認めるに足りる証拠がないという。
しかし、原判決挙示の証拠たる右甲五号証ならびに第一審における中村英二の証言、原審における中村英二の証言および田代誠助の証言を総合して、右原審認定は十分肯認するに足りる。したがつて、論旨は採用することができない。
その余の論旨も、原審の適法な事実認定を非難するにすぎず、採用の限りでない。
同第三点(五)について。
所論は、原審の専権に属する証拠の取捨判断に異見を述べるにすぎないものであり、原判決には、何ら所論の違法は存しないから、論旨は採用することができない。
同第三点(六)について。
本件建物が竹林為助の所有に帰した事実のないこと、および竹林の所有権取得登記が虚偽表示による無効なものであることが原審の認定に反することは、すでに述べたとおりであるから、右を前提とする論旨は、採用することができない。
同第四点について。
本件のように、否認権行使の結果、原物を破産財団に返還することを求めることができず、その価額の償還を求めうるにすぎない場合においては、本来、否認の効果として原物が破産財団に復帰すれば換価しうべかりし価額を算定すべきものと解するのを相当とするから、否認権行使時の時価をもつて算定すべきであるとし、口頭弁論終結時の時価によるべきでないとした原審の判断に違法はない(最高裁判所昭和三七年(オ)第一三二三号同四一年一一月一七日第一小法廷判決参照)。
したがつて、これと異なる見解を述べる論旨は、採用することができない。
同第五点について。
上告人が所論予備的請求について、第一審では昭和三〇年三月二五日以降完済に至るまで年五分の割合の損害金を附加請求していたが、原審においてはその支払を求めず、また第一審では何の制限をも付けないで請求していたが、原審においては相続財産の存する限度においてのみ支払を求めることに請求の趣旨を訂正減縮したことは、記録上明らかなところであり、これを原判決が摘示したことに何らの違法もない。しかして、控訴審において請求の減縮がなされた場合には、それが訴の一部取下であるにしても、あるいはまた請求の一部放棄であるにしても、その部分については初めより係属しなかつたものとみなされるから、この部分に対する第一審判決はおのずからその効力を失うものと解すべきことは、すでに当裁判所の判例とするところ(昭和二四年(オ)第一四一号、同二四年一一月八日第三小法廷判決、民集三巻一一号四九五頁)であつて、これと同一の結論を示した原審の判断に違法はない。
したがつて、右と異なる見解に基づいて原判決の理由不備をいう論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠)